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2022年7月掲載 帝人久村奨学生の進む道(第10回)

研究は人との出会いが大切

第20期生
東北大学名誉教授 板谷 謹悟(いたや きんご)

 研究とは、偶然の出会い、そして重要なのは、人との出会いである。電気化学を始めた頃は、石油産業の最盛期で、高分子化学、化学工学等の分野が主流であり、電気化学は、古くてあまりワクワクした分野ではありませんでした。金属の腐食、メッキ、古い時代の乾電池、等が主な研究課題でした。そこには、分子とか化学反応という問題をあまり取り上げられませんでした。
 それを大きく変えた1つの成果は、本多・藤嶋効果と知られた半導体電極を用いた、太陽光での水の水素と酸素の分解反応でした。これを契機に、次から次へと新たな電気化学が生まれてきました。生物電気化学、電子移動に関する研究、各種センサー、リチュウム電池、燃料電池、半導体の微細加工、等々、今日のエネルギー・情報産業の中心問題に関する電気化学の発展です。
 これらの発展を見てきた私たちの世代の一研究者として、常に思ってきたことは、その電気化学反応とはどういうものか?原子レベルでどんなことが起きているのか?という疑問でした。

 そんな時、IBMチュリッヒ研究所で、発明された走査トンネル顕微鏡でした。別の研究で、東京工大の西川先生を訪ね、色々話をしているとき、先生が、この話をしてくれました。その時は、まだ、IBMからの論文が、5,6報しか発表されておらず、日本ではまだ誰もやっていない時でした。発表された論文をメモし、仙台に戻り、その論文を見た時、ヒットすると、この手法で、溶液に浸漬した電極表面を原子レベルで見えるかも?と思ったのが、一大転換を私に与えてくれました。この成果は、下記で述べるような結果に繋がりました。これも、人との出会いがもたらしたものです。これは、一例ですが、そんな局面何度も経験しました。研究テーマは、人から人へと伝わるものです。私の好きな言葉である{一期一会}なんですね。学会の発表を聞いて、発表者の一言が、重要です。研究論文を読んでも、ほんの一文に隠された重要な点があります。そういう言葉、文章を漏らさない態度とその時の自分の真の目的をいつも大事にしてください。そうすれば、新たな道が、見えます。見えたらやることです。大体の方は、そう思っても進めない。そこを、突進。それいつやるの?今でしょう!これも付きます。

以下は、そういう結果です。
 昭和47年3月東北大学工学部応用化学科を卒業後、昭和49年3月に同大学院工学研究科応用化学専攻修士課程を修了し、昭和52年3月に博士課程を修了した。その後、米国テキサス州立大学(オースチン)化学科博士研究員を経て、昭和54年4月に東北大学電気通信研究所助手、昭和57年4月に同工学部化学工学科助手、昭和59年10月同学部応用化学科助教授、平成3年12月応用化学科教授に任ぜられた。平成19年10月より、東北大学教授(原子分子材料科学高等研究機構)、平成24年東北大学教授(大学院工学研究科)に配置換となり、平成25年3月定年により退職した。この間、一貫して電気化学を基本とした多くの電極反応の研究に従事し、とりわけ、液体中走査トンネル顕微鏡(電気化学STM)の発明と固液界面構造・反応に関する原子レベルでの先駆的な研究を展開し、世界トップレベルのナノテクノロジーの研究を積極的に推進して多大な発見を挙げるとともに、この間を通じて教育と指導により多数の研究者および技術者の養成に尽くした。

主な研究成果の一部を略記すれば、以下の通りである。
(1) プルシアンブルーの固体内の電子移動反応の解明
 プルシアンブルーに関する研究はアメリカ化学会の著名な学術誌にて複数報告しており、これまでの総引用数は約2250回である。過去5年間でも約100回を超える引用がなされ、今から約30年前に行った先進的な仕事が、材料科学分野において今もなお高い評価を得ている。

(2) 液体中走査トンネル顕微鏡(電気化学STM)の発明と固液界面構造・反応に関する原子レベルでの先駆的な研究
 電解質を含む水溶液中の環境下においても、原子レベルで規定された清浄表面の多くが、超高真空中と同様に安定して存在することを実証している。これまでの清浄固体表面に関する研究が、超高真空技術の使用を前提としていたことを考えると、「常識」を覆すものである。電気化学STMの発明により、「固液界面」が本質的に重要な反応場である多くの学術・工業分野に原子分子レベルの情報を提供することが可能となり、電気化学・表面・界面科学の発展の大きな原動力となっている。

(3) 固液界面での高品位有機半導体の合成法の確立と電子デバイスへの応用
 有機半導体トランジスタの分野において、固液界面反応のアトムプロセスの解明を展開し、高い移動度を示す有機半導体薄膜の合成に成功し、有機半導体デバイス分野においても固液界面反応の重要性を実証した。

 以上の研究成果は、内外の著名な学術雑誌に多数掲載(約280報)されており、その総引用数は約11000回である。これらの成果により昭和58年日本化学会進歩賞「電子移動過程の新しい電気化学的研究とその応用」、平成5年日本化学会学術賞「原子レベルでの電極/溶液界面反応の解析に関する研究」、平成8年市村清新技術財団市村学術賞貢献賞「原子レベルでの固液界面反応の解明に関する先導的研究」、平成8年仁科記念財団仁科賞「固液界面でのアトムプロセスの解明に関する研究」、

平成15年紫綬褒章、平成17年日本化学会学会賞「電極表面反応の原子・分子プロセスの解明」、平成20年加藤科学振興会加藤記念賞「原子・分子レベルでの電極反応の解明とその応用」、平成23年表面技術協会表面技術協会賞「原子レベルでの電極反応の解明に関する先駆的研究」、平成24年国際電気化学会(ISE)より電気化学計測法で顕著業績に対して贈られるPrix Jacques Tacussel 賞、平成25年日本表面科学会第17回日本表面科学会学会賞「原子・分子レベルでの固液界面反応の解析」、平成27年電気化学会学会賞(武井賞)「アトムレベルでの電極反応の解析とその応用」、平成31年電気化学会功績賞「電気化学及び工業物理化学の進歩・発展に顕著な功績」を受賞している。

 また、外国の学生・研究員も数多く受け入れ、国内はもとより世界各地に15名の教授を輩出しており、国際的にも著名な研究室を主宰してきた。
若い日本の研究者の頑張りなくして、日本の発展はありません。皆様のご活躍を心より祈ってます。